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著者歴然 僕について語る時に僕が語ること(1) [『優等生』あれこれ]

『絵本を抱えて 部屋のすみへ』を読んだ時、この人の本の読み方は、私に似ていると思いました。
 香織さんの小学校の教室には、“栄養成分表というの”が貼ってありました。
 牛乳や小魚は、骨や歯になる。ごはん、パンはエネルギーになる。そして、魚・肉・卵は「血や肉になる」と、栄養成分表では紹介されていました。
“好きでいつも眺めてい”るうちに、香織さんの中で、“血や肉になる、という表現および感覚が”“しずかに深く存在”するようになりました。

 ──肉体をつくるのは、食べたものだけじゃないのだ。見たもの聞いたもの、出会った人、みんな血や肉になる。そうやって、知らないうちにどんどん自分が構成されていく…

『絵本を抱えて 部屋のすみへ』では、江國香織を構成し、今もしている「本」について知ることができます。
 そして、それらの本によって構成された、「江國香織」を知ることができます。(その書評集の主体は「本」ではなく──またはそれと同時に、「江國香織の肉体」です)。
 江國香織がそこにいる、あるいは、そこにいるのが江國香織である。

 私が本を読むようになったのは、言葉が欲しかったからでした。
 20代のある時期、私は言葉が喋れなくなりました。
 私が音楽をしていた頃のことです。

 周囲には仲間がいました。日々私たちは、音楽について話し合っていました。不意に私は言葉が喋れなくなりました。通じないからでした。
 私の言葉は、通じないものになりました。私は本を読むようになりました。通じる言葉が欲しいと、思ってのことでした。

 私は本と、実用的に出合いました。
 明瞭な説得力のもと、私の感覚や意識を表現してくれる、言葉が本にはありました。
 私の感覚や意識を補い、成長を促す、言葉が膨大にありました。
 その補助や成長は、でもまだ肉体的とは呼べないものでした。




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