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著者歴然 僕について語る時に僕が語ること(26) [『優等生』あれこれ]




 町の本屋の特徴は他にもあります。「体系的である」という点です。
 例えば、医療・健康の本が並んだ近くには、たいていダイエットの本があります。あるいは料理の本があります。あるいは礼儀作法や敬語の使い方、冠婚葬祭についてや手紙の書き方の本があります。要するにそれらは、「生活」というジャンルの小項目だということでしょう。よって整理整頓術、子どもの躾術などもこの近辺に必ずあります。
 町の本屋の本棚というのは、非常に体系的に出来ています。

 もちろん、大型書店でもこれは同じです。けれどその規模の大きさゆえ、体系的であることが分かりづらい作りになっているのは否めません。
 言い換えれば町の本屋とは、「視覚の許容範囲に収まる体系性を持っている」ということですが、要するに「ひと目で分かる」利便性があります。「生活」なら「生活」、「社会」なら「社会」、「科学技術」「ビジネス」「文化芸術芸能」「風俗流行」「文芸・マンガ(娯楽フィクション)」「児童向け」、それらの大項目が現在どのように成り立っているかの体系的な見取り図が、本棚を眺めているだけで分かる。
 ところで、これは何かに似ています。大項目がまずあり、適切かつシンプルな小項目がコンパクトにまとめてあるもの。そうです、新聞に似てるんです。

 新聞がそうであるように、町の本屋の有用性とは、「一通り眺めれば、今の社会のことがだいたい分かる」点です。
 もちろん、同じことは大型書店でも出来ます。出来ますがしかし、やろうと思うと途方もない時間がかかります。自分の頭の中での整理整頓・取捨選択も必要です。そこまでの時間と労力を費やしても、得られるものは実は同じです。
 よって町の本屋のよさとはむしろ、規模が小さいことにこそあると言えます。コンパクトであってくれてこそ、現実社会の見取り図たりえる。
 そして実は、こういう風に社会のことを教えてくれる商店、知らせてくれる媒体とは町の本屋しかありません。

 例えば洋服屋に行けば、今の流行りの服飾を知ることが出来ます。けれど、知ることが出来るのは服飾だけです。CD屋も同じです。今の音楽を知ることは出来ても、それ以外の情報はありません。八百屋もラーメン屋も雑貨屋もどこも同じです。本屋の特徴、または特殊性とは、あらゆるジャンルにまたがった総合性です。

 媒体としての町の本屋も同じです。町の本屋にもっとも近いのは新聞ですが、ではテレビに同じことが出来るかというと無理です。テレビは時間芸術性の下にあるものなので、「一見して分かる」という空間芸術性がないからです。
 では空間芸術性の下にあるインターネットなら可能かというと、これも無理です。ネットは一見、あらゆる情報の宝庫であり、ゆえに俯瞰的に見れば社会全体が分かるように思えますが、情報量が多すぎます。つまり大型書店になっているのがインターネットで、よって結局は「ニュースサイト」「おまとめサイト」で概要をまず知るという、手続きが必要になるわけです。
 つまりその「ニュースサイト」「おまとめサイト」「どこかの気の利いたプロバイダーのポータルサイト」とは要するに新聞だし、町の本屋なんです。

 ところで、では新聞と町の本屋の違いとはなんでしょうか。
 ひとつは、新聞は「読む」ものだけれど町の本屋(の本棚)は「見る」ものだという違いです。つまり頭ではなく、体感で現実社会を把握できる点が町の本屋にはあります。
 それから、新聞とは基本的に(または実は)広告を含めて成り立っている媒体ですが、町の本屋にはこの「広告」という要素がないという点です。いえ、「広告」がすでに視覚情報に含まれている、ゆえに新聞のような形での「広告」は必要ない、と言ったほうが近いでしょうか。

 新聞の記事とはたいてい品行方正なものです。道徳的だし市民的で、つまりは模範的な性格(人格と呼んでも間違いじゃないでしょうが)を持っています。けれど、世間には下世話なものも状況も人もいくらでもあります。
 それら品行方正と下世話を総合して社会は成り立っています。そしてその下世話なものや状況や人については、たいてい新聞ではなく雑誌から発信されます。よって、新聞の正しい読み方とは、紙面を読みながら欄外の雑誌広告を参照し、雑誌広告を読みながら紙面の記事の実情を想像する、というものになります。あるいは、いかがわしい健康器具の広告を横目に見ながら健全な家庭欄を読み、痛烈なる社説に感心しビジネストークにそなえながら夏休みの娯楽大作ロードショーの配役を確認し世間話にそなえる、ものです。
 そういう読み方をしないと新聞を通して社会全体を知ることは出来ませんが、これをしなくてよいのが町の本屋です。品行方正も下世話も、いかがわしいのも真面目なのも、高尚もくだらないのもいっしょくたになって置いてあるからです。
 町の本屋の総合性とはそういうものです。

 確かな現実社会がそこにあること、ひと目で理解が進むコンパクトさ=等身大であること体感で吸収できること、これが町の本屋の持つ「日常において知識的であること」の本質です。





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