So-net無料ブログ作成
文化あれこれ ブログトップ
前の1件 | 次の1件

表現てのはこういうもの 補注1 民主主義と文化芸能と自己表現 [文化あれこれ]




 けっこうウケがよかったので、「表現てのはこういうもの」に補注を入れます。ま、ウケがいいといっても、カズノにすればですけどね。ほんの数人から本気の反応をもらった。

 補注としてそれなりのまとまった文にしようかと思ったけど(実際にそれで書いてもみたんですが)、今それをやれる時間がないこと、断片的でも継続的にしたほうがよいかも知れないと思えること、などから、「長めのTwitterやFB」みたいな感じにします。
 今回はこれ。


●民主主義と文化芸能と自己表現

 日本の政治制度は民主主義です。民主主義は「個人」を大事にします。または単位にします。むろん物理的には最小でありながら、思想上は最大の単位としてです。

「個人」が最小で最大の単位とされ、大事にされるとは、平たくいえば「私は私のまま、みんなに認められるものだ」ということです。ゆえにこれは「私は私のまま、みんなに認められるべきだ」という認識を生みます。空気、といってもいいかも知れません。
 本人そんなに意識的でなくても、いつか「(私は私のまま、みんなに認められる)べき」という断定的想定を持ってしまう。

 こわい制度ですね。
 だって「あなたをあなたとして」認めるかどうかはそれこそその、「他者である個人」たちの自由裁量に委ねられているわけですから。
(民主主義という政治制度は、その制度や法じたいは何も責任を負わないという、けっこう無責任な政治制度──統治制度なんだったりします)。

(ちなみにもちろん、民主主義以前にそういった「個人をたじろがせる」制度/社会などありませんでした。イメージしづらいかも知れませんが、「私は私として独立した存在である」などという意識や感覚なんて人類の誰も持ってなかったということです。これは日本でもごく最近までそうでした。「私は私として独立した存在だ=自分はどこにも属していない」という感覚や意識を実感として持っているのは、平成以降に生まれた世代からです)。


 ともあれそういう制度・国家・社会の下では表現も、「私の気持ちや考えは、私の気持ちや考えのまま認められる『べき』だ」というものになりがちです。いたしかたありません。私の気持ちや考えを表現し、主張することこそが、この社会ではいちばん尊いことなのだ。

 ただここで困るのが文化、とくには芸能なわけです。なにしろ芸能とは、「相手を喜ばせるために、相手の気持ちや考えこそ尊重してきた」ものだからです。


 日本は戦後、民主主義の国になりました。だからそれからの文化/芸能の歴史とはずっと、この「自己表現を大事とする観念や風潮」と、「お客様は神様です的歴史や、そうじゃないと商売にならないという現実」との葛藤の中にあったんですね。




nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:
前の1件 | 次の1件 文化あれこれ ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。