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著者歴全 僕について語る時に僕が語ること(5) [『優等生』あれこれ]




 私は正義の味方が好きでした。仮面ライダーやウルトラセブンが好きで、そうしてヒーローたちに憧れ、太陽に吠えろの刑事たちや、遠山の金さんや水戸光圀に憧れました。ただ、その後に現れたロックンローラー=不良たちに、私は手を焼いていました。
 チャーもポール・ウェラーも中島みゆきも、「正義の味方」ではなかったからです。

 私は、かっこいい!ひとに憧れてきました。
 いいコだね、アタマいいね、そう褒められるより、かっこいい! が、私にはいちばんの褒め言葉でした。

 正義の話をするにはまず義の話をしなければいけないことを、私は『チャンバラ講座』で知りました。義という言葉の本義は美しいだと、彼は言いました。
 そもそも姿形の美しさを言い、転じて物事の筋道という意味になり、つまりは正しいという意味になった。
 姿形が美しい、つまり整っているということ。
 整っている姿、形、所作、運動、関係。
 美しいは正しいであり、正しいは美しいでした。

 義とは正しいであり、それに正の文字が足される正義はつまり、もっとも正しいという意味でした。
 義とは美しいであり、それに正の文字が足される正義はつまり、もっと美しいという意味で、ただ「格好がよい」のではなく、「かっこいい!」ということでした。

 ──剣道がなんでつまんないかというと、「メーンッ!」の稽古台になってくれる先生が、絶対に「ちょ、ちょこざいな小僧め、名、名を名乗れ!」とは言ってくれないからだ(当たり前だけど)。でも僕は、そう言ってもらえて初めて「赤銅、鈴之助だッ!!」と怒鳴れるし、それがなかったらつまんないんだもん。
 ──「正義は人を裁くからいやだ」っていうのは戦後の軟弱な考えだけど、“人を裁く正義”なんていうのは二流の正義だ。ホントの正義は人を自由にする。笑顔のない正義は嘘だし、正義のない笑顔はいやだ。正義がなければ笑顔は立たない──もうこれだけ。
(『完本チャンバラ時代劇講座』橋本治)




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