So-net無料ブログ作成

こんな本だしてます。

cover-original-small.png
【デモ版】
書店員のための読書入門+
――(今さら)『告白』湊かなえ。本屋大賞だいじょうぶ?

本屋大賞受賞希望!
小説じゃないからダメ? だって本屋には他もあるじゃん!
現役校正者が教える、本屋大賞受賞作の読み方。

定価:無料
DL(epub、pdf、word)
閲覧(ブラウザ使用)
前の1件 | -

政治と文化はこう違って、こう違わない [文化あれこれ]




『優等生のやめかた』から抜粋。(←こんどうちで出す本です。『書店員のための読書入門+ デモ版』を改めつつの全編)。



 森口にしても修哉にしても、なんで優等生のくせに暴力を選べるのか。最終的に、それを選ぶことができるのか。もちろんこれは直樹だってそうだし、いえば美月や直樹の母親だってそうです。
 これは十分不思議ですが、けどもう分かると思います。「中学校の教室で暴力を許容したから」です。もちろんそれがすべてとはいいませんが、「学校の暴力」体験がそれなりに大きいだろうことはたぶん事実です。
 ただ余談として、この話もしてしまいましょう。「だって人間はそういうものだって、学校で習ったから」という飛び道具のような一因です。これはけっこうな余談なので、優等生はもちろん、そうじゃない人もまあちょっと聞いてみてくださいよ。

 *

 日常に暴力があり、いつか自分もそれに馴染んでいた、こういうことは時代を問わず、起こる人には起こります。ただ、人間にとって暴力とはできれば避けたいものだし、そもそも暴力的になることじたいめったにあることじゃなく、ゆえに非日常的なものだというのが、実は日常だし歴史です。動物の時代からそうです。
 そういうよりも、動物には人間社会でいうところの「暴力」などありません。彼らにあるのは私利私欲ではなく「腹へった、食わないと死ぬ」という自己保存本能と、「ともかく生殖しとかなきゃ」という種族保存本能だけだからです。そしてそういうレベルから敷衍される(攻撃)欲求だけだからです。ですのでヒトのような、「すでに食えてるけどともかく相手を傷つけたい。まあいろいろあって、とある事情から誰かをいたぶりたい。ヒマでヒマでしょうがないから同族をモノ扱いして自殺に追い込んでケタケタ笑いたい」なんて感情は持ちません。だからふつうに動物の、ふつうのヒトの日常だってそういうものなのですが――つまり暴力/暴力的なものとは無縁なのがヒトの社会の常態なんだったりします。事実です。
 それがほんとに事実なんですが、こういうことをあえていわないとならないのは実は、学校の歴史の授業というのが基本的にどれも「戦争の歴史」でしかないからだったりします。それが暴力肯定/暴力甘受の一因になってるってことですね。

 日本史でも世界史でも、学校で習う「歴史」とは、いちおう名目は「私たちの国の歴史、私たちの世界の歴史、つまり私たちの歴史」ということになっています。けれど実際に教わっているのは、要するに「戦争の歴史」です。歴史の教科書のほとんどは、誰それと誰それが戦争をして、勝った○○が○○政権を樹立したとそればかりです。よね?
 たまーに「この時代、紫式部とか清少納言みたいな文学者が活躍した」みたいな話題が申し訳ていどに挟まるくらいで、あとはみんな戦争の話、言い換えれば「権力」に関する話ばっかりです。ここからが鎌倉時代、ここからが江戸時代という時代区分も、要するに権力の座の移行について説明するものでしかありませんでしょ。
「これまでの人間の在り方。私たちの先人の在り方」なのだそうな「歴史の授業」とは、でも要するに「戦争の歴史」のことだし「権力あらそいの歴史」のことで、ある国の権力の座が誰それから誰それに移るのにこういう争いがあったというものなんです。でしょ?
 もう少し正確にいうと歴史の授業とは、「資本主義の歴史について」だし「それに伴う権力闘争と統治の歴史について」なのですが――とある河のほとりに肥沃な大地があり、穀物がたくさんとれました。なので人が集まって国ができました。王様は灌漑事業でその「肥沃な大地」をもっと豊かにしました。でもその「もっと肥沃な大地」を横取りしようとする人たちが現れてケンカになりました。ケンカに勝った○○人さんたちは、その近所にある「珍しくて高価な織物」が生産されている地域にも進出し、たくさんの富を得ましたが、別の地域の王様に横恋慕されてまたケンカになって侵略されてしまいました。
「富」を中心に「争い」が起こり日本地図/世界地図は書きかえられてきた、これが歴史の教科書の主たる観点だし記述で、煎じ詰めれば学校で教えている「人間の歴史」とは「富にまつわる争いの歴史について」だけなんですよね。
 その間にあった、ひとの生活の変遷であるとか、文化の変遷であるとか、人間じたいがどのように変わっていったかとか(あるいはこのように変わらなかったとか)、そういう「人間に関する過去からの繋がり」を教えてくれるものではない。
「源頼朝が平家を打ち破り、鎌倉に幕府を起こしたのはいつか?」と聞かれれば、「イイクニツクロウだから、一一九二年!」と学校に通っていた人なら誰でも答えられるものですが(異説もあるようですが、ともあれ)、「じゃあその源平合戦の時代のふつうの人、つまりは『その他大勢』は何をしていたのか? どういう家でどういう服を着、なにを食べどんな話をしてたのか。どんな女の子がもてて、どんな男の子がだせーと思われたのか。どんな遊びや冗談が面白がられたのか。源氏と平家の兵隊さんたちが戦っていた頃、その他大勢は何をしてたのか?」と聞かれても誰も分からないでしょう。だってそんなの歴史の授業では教えてくれないからです。
 学校で教えている歴史とは、「人間の歴史、私たちの歴史」ではなく、「富と地位を求めることに一途になっていたごく一部の人たち、その人たちが引き起こした争いの歴史」だけだとは、こういうことです。
 そんなものを「私たちの歴史」と教えられたら、誰だって「人間たるもの、欲と暴力はあって当たり前。いやいや、欲と暴力こそ人類」とは思いましょう。だからこれも「暴力に慣れていく」一因だということですが(この場合は観念的にですけどね)、こういった授業が「資本主義と権力闘争にこそ人類の本質が顕れている」という信念にでも支えられているならまだ受けとめようもあるのですが、そうじゃないから弱ったもんなんですよね。
 ちなみに今さらながら、私は学校という場所はいうほど無意味だとは思っていないし、あれはあれであってもいいんじゃないかと思っているのですが、こういう一方的な無茶を当たり前の顔でやらかすのには正直辟易しています。それで学校の影響力には危惧のひとつも覚えたりするわけですが、「ちょっとはぶんを知ったらどうなのか? 人間、身の丈にあった生活こそ大事だぞ。おまえは戦後の日本人か?」ともいいたくはなりましょうよ。何様のつもりなんだと。
 学校というのは、そういう無茶やヘマも当たり前にやらかしてる場所です。全幅の信頼を置けるような機関ではないし、どころか「ある特定的な指標から科目とその内容を決めているだけの、きわめて偏向的な価値体系のみを信奉している特殊な団体」でしかないんです。平たくいえば、学校に「社会性」なんてものはないということですけどね。
 そのいい例が「私たちの歴史」を名目にしながら実際にはケンカの歴史しか教えない歴史の授業なんだと。だってここまで偏った内容に、社会的な広がりなんてあるわけないじゃないですか。
 まそりゃ、そもそも世間とか社会とか世界という膨大な広がりを持ったものを網羅的に把握し教授するなんてこと、たかだか一国家の一機関にできるわけはありません。だとしてもあまりに偏りすぎていると。ケンカと権力の歴史についてなら教えてる範囲や内容はべつに間違っていないし、それはそれで持っておくべき知識ではあるけれど、だとしても「歴史」という科目でまずまっさきに押さえるべきことが押さえられていない。チョイスを間違えている。
 ちなみに、こういう「偏向」のことをふつうは「政治的」と呼んだりします。要は政治=学校とは、「統治のために必要なことしか教えない」ものだってことですけどね。統治のために邪魔になるものはぜんぶ教科書から省く、それが学校だし、その学校=その国の教育機関を統括してる政治というものなんです、いつの時代も。
 でもだからこそ、政治に統括されている教育機関では教育されない事柄、今の場合なら「その他大勢」の時間的空間的なほんとうの在り方を教えてくれるのが、非公認の教科書=「本屋に売ってる本」なんです。もうちょいきちんといえば、「統治のための学校の偏向にくみせず、ほんとうに必要な知識を売ろうとする出版人の手による本、あるいはそういう本と同じスタンスをとる文化」なんですね。
 文化――本とか映画とか音楽とか舞台とかマンガとかテレビとか美術とかゲームとか、ともかくそういうあれこれは、そういう風に、政治の偏向を補う/矯正する/批判する/分析し解説するなどなど、政治と対抗しつつも補完的な関係にあるものなんです。
 けして政治の下部に組み込まれるものではないし、文化は文化で独立して、政治と相対(あいたい)する関係にある。そのうえで政治の不備を補っていく、または文化の不備を政治が補佐するという、そういう補完的な関係(法を管轄するのが政治なら、倫理は文化の守備範囲だとか、まあそういう)をもつことで、みんなの生活を安定させていくものです。
 あるいは理想的には文化は政治と補完し合う関係にあるものだけれど、今現在みたいに政治の偏向がまだまだ著しい時代には、あくまで対立するという立場をとるのが文化なんですね。(だから湊が「聖職者」という文学作品で「司法=政治なんか私は信じない。私は私の方法でこの事件に決着をつける」と明言するのは、文化の側の人間としてまっとうなんです)。

 暴力のことに話を戻せば、じゃあその源平合戦のその時期、源氏でも平家でもない「その他大勢」の日常に暴力がなかったのかといえば、もちろんそんなことはないはずです。夜盗や追いはぎの類は当たり前にいたろうし、ちょっとしたケンカやこそ泥くらいは誰だって経験してたでしょうが、でも、それらの元はおそらく「飢え」からくるものだったはずです。日本でいえば明治以前(ていうか明治が始まってからもけっこうな時間は)、誰もの日常の問題とは何よりまず「食うこと」だったからです。ゆえに「食えない」状況から盗みが生まれ、強盗が生まれ、殺人が生まれるという、あるとしたらそういう「暴力」で、つまり現在とは暴力の質が違うんですよね。
 なので言い換えれば、あるていど整備された「肥沃な大地」に住んでいるその他大勢にしたら、暴力なんか無関係だったってことです。
 当たり前のことですが、源氏と平家がケンカしていたとき、その他大勢が何をしていたのかといったら、「朝起きて、ゴハンを食べて、田んぼを耕したり、海で漁をしたりして、帰ってきてまたゴハンを食べて、あとは寝るだけだった。たまにお酒を飲んだり、お祭りに行ったり、子供をつくったりもした」だけのはずです。それでも食えないやつは腕力に訴えていた、そういうものでしょう。だって他に想像のしようがないんだから。
 つまり、ここでいう源氏や平家みたいな「富と地位を求めることに一途になっていたごく一部の人たち」をのぞけば、人類の歴史とはほとんどずっと平和だったということです。動物と同じように「食わなきゃなんない」ための暴力=腕力の行使はあったとしても、でもそうじゃなければ腕力の行使とは無縁だった――そのほとんどは「朝起きて、ゴハン食べて、夜寝る」だけだった。
 たとえばその歴史の授業で習う江戸時代。この時代を私たちは徳川家康、家光、綱吉、吉宗、慶喜、田沼意次、松平定信といった名前が出てくる話で習うものですが、その江戸時代、そういった支配層=士分や公家の割合は実際には一割に満たない数でした。その一割に満たない層の中で、やっと名前が挙がるのが徳川○○さんたちなら、もはや「割」という単位を使えないほどの「極端なまでの例外」が彼らだということです。一方で、士農工商の「農」にあたる人がぜんたいの八割を占めていたのが当時の日本です。つまり現在の私たちとは、ほとんどが農民の子孫だということです。じゃあその「農」である、私たちの直接の先祖が当時何をしていたのかといえば、「毎日毎月毎年、ずっと農作業をしていた。誰が政権をもとうが関係なく、いつも食べ物をつくり、それを食べていた。朝起きて、夜寝ていた。たまにお酒を飲んだり、お祭りに行ったり、子供をつくったりもした」だけのはずなんだってことですね。つまりは平和です。
 私たちは、ついうっかり「現在」というものを基準にし美化し、過去を「野蛮だった時代」だと思ってしまいがちですが、「食えてればずっと平和」だったのが私たちの先祖の歴史なんです。そしてそれは、現代人のもっとも直接的な先祖に思えるだろう「工」や「商」だって同じなんです。
 ま、この「歴史教科書」問題はもう少しきちんとやりたいとこですが(主権在民をうたう国家では、「権力の歴史」こそ教えるべき課題だというまやかしが通用するようになるもんだとか、まあいろいろ)、ともあれ余談はこれくらいにして話を戻しましょう。…





nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:
前の1件 | -

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。